西野水道は、私が密かに長浜の宝であると考えている歴史遺産です。
長浜市西野地区を流れる余呉川が氾濫を起こし、流域の集落に多大な被害をもたらすため、江戸時代の1840年から5年余をかけて、ノミだけで掘られた手掘りの岩穴です。
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地元の僧が発起したものです。
山をくり抜いて、琵琶湖に達しました。
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写真は上から、手掘りの初代、1950年の2代目、1980年の3代目です。水と闘ってきた長浜の歴史を物語ります。最近長浜に増えている修学旅行生に是非とも見てほしいのです。もちろん、一般の観光客や地元長浜の人達にも。